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軌道に乗せる

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25年前にエンジニア研修生としてキャリアをスタートし、今年、スクーデリア・フェラーリのチーム代表に就任したマッティア・ビノットに、今シーズンの重要な瞬間を聞いた。まずは、終わらな いオフィスの移動の話から……

Daniele Bresciani

おそらく人生で最短の引っ越し。少なくとも 距離的にはそうでした。昨年まで使っていた テクニカル・ディレクターのオフィスから、今座っているオフィスまでは、たった90歩ほどで、1 分もかかりません。しかし昇進という意味では、 この短い距離が、マッティア・ビノットのキャリアで最も大きな前進となりました。1995年に研修生としてマラネッロにやってきた若きエ ンジニアが、今やスクーデリア・フェラーリの チーム代表となったのです。 「実のところ、まだ引っ越しも終わっていない んですよ」と、あのハリー・ポッターを思わせる丸縁メガネの奥の目が笑います。このメガネはすっかりトレードマークとなり、ビノット が50歳の誕生日を迎えたアメリカGPでは、 フレームが5と0の形をしたメガネをチームが 特別に用意したほどです。 

「私物はまだ向こうにたくさん残っています。 例外は、パソコンとホワイトボード、愛用のボールペンと鉛筆。私にとって、なくてはならないものだからです。すべてを運ぶ時間はありま 172 - 211 軌道に乗せるに使われたコースを巡りました。 スポーツ・ツアーは、スリルを求める方向に 重点が置かれたプログラムです。ヨーロッパ の中でもきわめて伝説的な2カ所のサーキット、 スペインのバレンシア・サーキットとイタリア のイモラ・サーキットで、フェラーリのオーナー たちは、アドレナリンが噴き出すような走行に挑みつつ、愛車の究極のパフォーマンスを 満喫しました。 今年のイベントを逃してしまった皆さまも、 落胆は無用です。来年のプログラムもすでに 着々と準備が進められています。スポーツ・ ツアーは、イタリアのムジェロ・サーキット、 チェコのブルノ・サーキット、ドイツのホッケンハイムリンク、スペインのバレンシア・サーキット、ベルギーのシルキュイ・ド・スパ=フランコルシャンでの開催が予定されています。GT ツアーのプログラムでは、ドイツや英国の郊外、 イタリアのコモ湖、モナコのモンテカルロ、 スペインのマルベーリャなどの各地が予定さ れています。そして、アイコニック・ツアーで はふたたび、フェラリスティが参加できる「ツ アーオート」と「フェラーリ・トリビュート・トゥ・ タルガ・フローリオ」が開催されます。 どうぞご期待ください。 19 せんでした。物理的にも心理的にも。今の役割のほうが重要だとは思いませんし、大きな目標だったわけでもないからです。ただ役割 が変わっただけで。自然な昇進でした。この道をたどるだけの力をつけてもらったことを、 フェラーリに感謝しなければなりません」

アメリカGPで、ビノットの50歳の誕生日を祝うチームメイト。フレームが5と0の形をしたメガネをチームが特別に用意しました。
アメリカGPで、ビノットの50歳の誕生日を祝うチームメイト。フレームが5と0の形をしたメガネをチームが特別に用意しました。

変化が訪れた瞬間を覚えていますか? 
「想定より少し突然でした。1月7日に私は ロンドンへ発つことになっていました。ボロー ニャの空港で『ガゼッタ・デッロ・スポルト』 を買ったら、1面に私の就任のニュースが出て いたんです。そのため、発表を前倒ししなけ ればなりませんでした。簡単ではありませんで したが、うまく対応できました」

以前と比べると、マネージメントの仕事は、 技術的な内容より人間的な内容が増えました か? 
「そうともいえません。ジェスティオーネ・ス ポルティーヴァは90%が技術者で構成されて いますから。 今の新しい役割 は、 残りの 10%、広報やマーケティング、スポンサーシップ、法律などもカバーしています。つまり、ほ かの分野が加わっただけ。しかも、おそらく私がそれほど得意ではない分野です。テクニ カル・ディレクターだった頃は、お金を使うこ とに慣れきっていましたが、チーム代表になった今は、節約することや収入を生み出すことも考える責任を負っているのはたしかですが」

“ガレージの人間”であるビノットは、後ろを振り向きながらガレージのチームに目を配ります。
“ガレージの人間”であるビノットは、後ろを振り向きながらガレージのチームに目を配ります。

必要不可欠と考えているルールはありますか? 
「ひとつにはエンジニアリングの研究から、も うひとつには私がスイスで育ったことから来て いるのですが、緻密な手法が重要だと私は確 信しています。それは、こうした大規模な組 織のマネージメントにも役立っています。一方 で、個人の人間関係を気にかける必要がある のは本当です。人間的な感情面は基盤ですか ら。しかし他方で、複雑な機械を完璧に機能 させなければなりません。何よりF1では、す べてが効果的かつ効率的である必要がありま す。分かりやすくいえば、問題はどうやって 1,000馬力のものを開発するかではなく、そ れをいかにして人より先に成し遂げるかです。 効率的な手順を踏んで初めて、開発の速度を 上げることもできるのです」 

初めて公の前に立ったのは、2月15日、新シングルシーターのSF90の発表会でしたね。 
「近年でも特に素晴らしい発表会だったと思います。私にとっては非常に感動的でした。 個人的に思い入れの強い私たちのハッシュタグ、 #essereFerrariも、そこでデビューしました」。
そしてオーストラリアで開幕戦を迎えました。 「冬季テストは大変うまくいき、私たちは期待に胸をふくらませていましたが、反対に冷水を浴びせられる結果となりました。別の話になりますが、個人的には、25年間レースに 携わってきて初めて、“ピットウォールで〞経 験したレースでした。まだ一介のエンジニアだった頃、よくこう思っていたんです。『遅かれ早かれレースに来ることもなくなる。きっと、“ al muretto〞、つまりピットウォールでレースを経験しなかったことをあとで悔やむだろう』と。 ところが、実際にはピットウォールにデビュー したのです。そこからの視界は、ガレージとは まったく違います」

ミラノのドゥオモ広場で開催された「スクーデリア・フェラーリ90周年」記念式典にて、レクレールやベッテルと並ぶビノット。 写真: ゲッティ・イメージズ
ミラノのドゥオモ広場で開催された「スクーデリア・フェラーリ90周年」記念式典にて、レクレールやベッテルと並ぶビノット。 写真: ゲッティ・イメージズ

後ろを向く姿をよく見かけるのは、だからですか? 
「どうでしょうか。すべてがきちんと機能して いるか確認するのも私の役目ですから、ガレージから目を離さないことは大事です。とはいえ、 私はガレージの人間ですよ。メカニックをパッと見ただけで、何が起きているか分かります から。そちらに目を配るほうが、スクリーンをにらんでいるより役に立ちます」

特に重要な瞬間を選んで、シーズン全体をふり返ってください。 
「オーストラリアで落胆を味わったあとのバー レーンGPが印象的です。勝利を手中に収めながら、信頼性の問題で水泡に帰しました。 そしてカナダです。セバスチャンは勝ちましたが、そのあとペナルティーを科されました。こ れらはシーズン前半が実は上り調子だったことを示す好例です。そしてサマーブレイク明けに、スパ、モンツァ、シンガポールで勝利が訪れ、序盤の落胆を少し埋め合わせできまし た。それでもタイトル獲得には不十分で、跳 ね馬の伝説を強化することはできませんでしたが、私たちの心の中では特別な瞬間でした し、ファンにとっても同じだと思います。ファンの強い情熱は、イタリアGP直前にミラノの ドゥオーモ広場で行われたスクーデリア創立 90周年を記念するイベントでも感じられました。真っ赤な大観衆から受けた拍手喝采は 忘れられません。伝説が今も変わらずに生き 続けている証拠です」

2019年フェラーリF1チームが勢ぞろい
2019年フェラーリF1チームが勢ぞろい

レース以外の面はいかがですか? 
「チームスピリットの高まりを本当に嬉しく思っています。私たちはまとまりがよく、団結力もあります。ドライバーも同じです。なかには疑う人もいますが。例えば、ブラジルGPでは2人が絡むアクシデントがありましたが、その次の火曜日に電話が鳴ったので見ると、セブとシャルルの名前が同時に表示されていました。 2人は連絡を取り合って状況を明確にしてから、 私と三者通話をするために一緒に電話をかけ てきたのです。単なる見せかけではありません。 力を合わせようという立派な姿勢をよく示して います。いずれにしても、ブラジルのようなエピソードは今のうちに起きたほうがよいのです。 来年に向けて、互いへの理解を深める上で役に立ちます」

ほかに2019年に好ましくないことはありましたか? 
「F1の世界では、技術やスポーツの面だけでなく、政治的な面も難しいという点ですね。 その点で気を緩めることはできません。競争力のあるマシンと優れたドライバーだけでは十分ではないのです。政治的な面にこれほどの努力を要するとは思っていませんでした」

2020年の展望を教えてください
 「競争のレベルはこれまでになく高いと思います。私たちには、好成績を収める上で不可欠な要素がすべて揃っていますが、あなどってはいけません。敵もまた、私たち同様、向上するために強化を進めているからです。私たちのアドバンテージは、比類なきティフォシの応援と、是が非でも守りたい伝説があること。#essereFerrariも、その重要な一部です」

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