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女性レーサーたち

女性レーサーたち

チャレンジ・シリーズに参戦する女性ドライバーの数はますます増えています。そのうちの 2人をご紹介します。

Lawrence Ulrich

1993年以来、モンツァや日本の富士スピードウェイなどの伝説的サーキットで開催されるフェラーリ・チャレンジに、1,000人以上のアマチュアドライバーが参戦してきました。その中でも女性レーサーの数はますます増えつつあります。今回ご紹介する2人、アイリーン・ビルドマンとリサ・クラークもフェラーリ・チャレンジに挑んでいる女性ドライバーです。2人ともこの夏にラグナ・セカ・レースウェイで行われたイベントに自身のFerrari 458 Challenge EVOで参戦しました。ビルドマンのコーチを務めるのは、フォーミュラE初の女性レーサーとなったイギリス人のキャサリン・レッグ。一方、ロサンゼルス出身のクラークのコーチを務めるのは、ALMS(アメリカン・ル・マン・シリーズ)の元ドライバーズ・チャンピオンに輝いたグンナー・ジャネットです。

 

ラグナ・セカのトラックサイドで彼は、 「女性ドライバーというのは、自尊心に邪魔されることなく学ぶことができます。大成功を収めた、競争的でエネルギッシュな男性ドライバーの中にはそうもいかない方も何人かいますからね」と話してくれました。彼の見解が正しいことは、込み入ったトレーラーの中でVBOXのテレメトリーデータを凝視し、自身とキャサリン・レッグのラップを熱心に比較するビルドマンの姿を見れば分かります。

リサ・クラーク、愛車458 Challenge EVO とともに 写真:アルフレード・キアラッパ

「これが彼女のトレースラインです」と、ビルドマンは指でコンピューター画面を弾きながら言います。「最適なラインでエイペックスを通過できるよう、彼女のクリッピングポイントと私のクリッピングポイントを見比べているところです」この少し前、彼女はライバルにコーナーの外側から無謀なオーバーテイクを仕掛けられ、それをかわさなくてはなりませんでした。「実は今、ちょっとムッとしているんです」と、彼女はそつなく認めます。「だって、彼は一体何を考えていたのかしらと思って」ビルドマンは生まれた時からほぼずっと、男性や彼らの車のそばで育ってきました。彼女の祖父は1920年代にボルチモアでHoward's Auto Serviceを開店させましたし、 彼女は中学生の頃、すでにピストンやキャブレターをクリーニングしていました。

 

「当時着ていた小さな作業着にボロ布をぶら下げながらね」と、彼女は懐かしみます。ビルドマンが最初に手に入れた車は、「運転が楽しくなる車」と自身が称しているモデルです。それは、彼女の燃えるような赤毛によく似合う、赤い色が定番カラーの1986年製Ferrari Testarossaでした。このモデルは、テレビドラマ『特捜刑事マイアミ・バイス』にも登場しました。それでも控えめな彼女は、2014年まで「『エイペックス』が何なのか知りませんでした」と認めます。ビルドマンのレーシングキャリアは、SCCA(スポーツカークラブ・オブ・アメリカ)のMiataレースに参戦したところから始まり、ウェストバージニアのサミットポイント・レースウェイでのクラッシュによって右腕の腱を切るまで続きました。

レディース・カップの勝者、アイリーン・ビルドマンと愛車458 Challenge EVO 写真:アルフレード・キアラッパ

「今は人工肘関節を付けています」と、彼女はほほ笑みながら話し、袖をまくってくっきりと残る長い傷跡を見せてくれました。ビルドマンは、レースに対する情熱があったからこそ、次々と襲ってくる私的な悲劇に抗うことができました。例えば、彼女は自分自身が珍しい癌を患った際にそれを克服していますし、2002年には息子のケビンが22歳の若さで射殺されるという悲劇に見舞われたものの、その悲しい死に耐えることができたのです。現在、彼女は犠牲者の権利を主張しています。彼女のカーナンバーの「79」は、ケビンをしのんで彼の生まれ年からとった番号です。ビルドマンいわく、「彼は心からレースを愛していたはずですから。彼が私の肩越しに『ママならできるよ』と言ってくれている気がします」

 

また、ビルドマンと同様、リサ・クラークも爪をグリースまみれにしながら育ち、アリゾナのフェニックスでダートバイクを乗り始めました。父子家庭で育った彼女は、ピックアップトラックのFord F-150で父親からマニュアルの操作方法を学びました。父は80mph以上のスピードで走るよう、いつも私に命じました」と、クラークは笑顔で話します。「さもなければ車を止めさせられたんですよ」 そのスピード好きが災いして、1982年にバイクでひどいクラッシュをした彼女は何箇所も骨折してしまいました。

結婚して母親になったことでレースから離れた期間があったものの、フェラーリ・コルソ・ピロタ・ドライビングコースに参加して情熱が再燃したようです。ラグナ・セカではレース終盤にかけてクラークのステアリング・ラックが故障してしまいました。しかし、彼女のクルーが見事に対処したおかげで、彼女は翌日レースに戻ってくることができたのです。12番手からスタートしたクラークは8位でフィニッシュし、その日の最上位女性ドライバーに贈られるレディース・カップを勝ち取りました。

 

ビルドマンはというと、土曜日のレースで2名の男性ドライバーを打ち負かし、レディース・カップも制しました。彼女は、 「人から何をやっているのか聞かれて、「フェラーリ・チャレンジでレースをしています」と答えたときの相手の表情がとっても好きなんです」と興奮気味に語ります。

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