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占有は九割の法

占有は九割の法

The Official Ferrari Magazine(オフィシャル・フェラーリ・マガジン)では、毎号フェラーリに関する短いストーリーを掲載しています。それらを綴る世界的なライター達は、車両のデザイン、カラー、テクノロジーからインスピレーションを受けている方々です。今号では、12冊ものベストセラーを執筆している作家ベン・ショットが、新型Ferrari Romaにインスパイアされたローマでの悪だくみに私たちを誘います。すべての始まりは、ロシアの新興財閥が盗まれたプーシキンの詩集を取り戻すことをある「スペシャリスト」に依頼したことからでした。

Ben Schott

まずは重要なことから:私は泥棒である。実際に物を盗む。頻繁に、しかも実に冷静に。ただし私が手を出すのは一度盗まれた物ばかりで、それを正当な持ち主の元に返すことで、拾った物は自分の物などではなく、失くしても泣きを見ることはないということを確かめるのである。私の依頼主は個人収集家、公立の美術館、研究機関、宗教団体、保険会社で、時には国家から依頼を受けることさえある。こういった人々にとって、窃盗を認めることは、それよりさらにとは言えないまでも窃盗自体と同じくらい有害なのだ(果たして、クリムトを盗まれたギャラリーにピカソ一族が所有する作品を貸し出そうなどと思うだろうか?)。

ここ何年もの間、仕事でロンドン、パリ、ニューヨーク、ローマへ行くことはめったになかったが、ここ最近、 富裕層の集まる新しい土地に出向かなければならなくなった。マイアミ、モスクワ、ムンバイといった、マ行で始まる地名の場所である。「美術品」が中心とは言え、宝石類、文書、自動車、衣服(それに大量のハンドバッグ)を失ったことに対する「損失の調整」も依頼として増えつつあった。合法性は厄介な問題である。私は「Ubi non accusator, ibi non iudex accusator」、すなわち告発なきところに審判はないという格言を心の拠り所にしていた。というのも、私が物を盗む相手はそもそもが泥棒、あるいは盗品と知りながらそれらを手にしている人々だからである。明白な理由により、罪のない単なる被害者に比べて、このような真の犯罪者が警察を呼ぶ確率はかなり低くなる。

では、通報を受け場合、警察はどうするのだろう?正直なところ、私にはわからない。なぜなら、私はそのような場面で一度も警官に遭遇したことがなかったから。少なくともこの6月までは。

Ferrari Roma、ローマのトライアヌスのフォーロの大通りにて。写真: Alex Bernstein
Ferrari Roma、ローマのトライアヌスのフォーロの大通りにて。写真: Alex Bernstein

私の話はローマから始まる。私は、スウェーデンでイタリアコレクションを扱っているペルー人キュレータからの推薦で、ロンドンに住むロシアの新興財閥からの依頼を受けた(Google翻訳のありがたさよ)。この新興財閥の名前をイワンとしよう。彼は、ケンジントンにある自分の邸宅でクリスマスパーティを開いた後、本棚にあったプーシキンの詩集がなくなっていることに気づいたという。本自体は特別な価値のあるものではなく、何千冊も発行された安価な本の中の1冊に過ぎなかったが、彼の祖父が10年間のシベリア亡命中、収容所から収容所へ送られる間も手放すことのなかったものだった。あらゆる物の価値を知るイワンにとって、その一冊はお金には代えられない程価値のあるものであった。

犯人は、そこら中に設置されていた監視カメラによって容易に特定される。アメリカ人億万長者のいわゆるトロフィーワイフが、小さなパーティバッグに入れて持ち去ったのだ。しかし、私が依頼した調査員が、彼らの所有する6つの家のどこにそれがあるかを突き止めるまでには、何カ月もかかることになった。

「yyy」通り「xxx」邸との知らせが入ったとき、私はコモ湖のヴィラデステで休暇を楽しんでいた。 タイミングは完璧である。ニューヨークファッションウィークが始まったばかりで、「zzz」夫妻は最低でも6日間はマンハッタンに滞在するはずだ。私は荷造りをしたのちに愛車のFerrari Romaに乗り込むと、GPSの目的地を、永遠の都『ローマ』で唯一滞在したことのあるホテル エデンに設定した。

私は悪人(あるいは私の善き好敵手)を助けることを生業にしているわけではないから、その本をどのようにして「再取得したか」については詳しく触れないでおこう。
ハリウッドは、とかく盗みというものを、 高度な警報装置、隠しパネル、隠し扉、レーザーといった複雑なハイテクを駆使した事件として描くことを好む。しかし私の経験では、見取り図や配線図に我を忘れて没頭する頃には、諦めた方が良さそうだとなるものだ。イスラエル治安部隊の行動原則が「爆弾ではなく爆撃機を探せ」であるように、私の行動原則も「鍵をこじ開けるな、開いている扉を探せ」である。合鍵よりも花束を抱えている方がより遠くまで、より速く走れるというものだ。

私はものの20分で侵入してプーシキンを抱えて出て来ることができた、とだけ言っておこう。
しかし次の日、大変なことが起こった。
ローマのお気に入りのレストラン「ダ フォルトゥナータ」でこれまたお気に入りのローマ風ランチを楽しんでいたところへ、ダークスーツに身を包んだ洗練された男がゆっくりと近づいてきて、私が座っていた舗道側のテーブルを意味あり気に通り過ぎた。その数分後、今度は2人の警官を引き連れて戻って来ると、再び私に歩み寄った。

「Buongiorno, signore, parla italiano(こんにちは。イタリア語はお話しになりますか)?」 彼はバッジを見せてささやくように話し掛けてきた。
「Si, un po’ – ma inglese is easier(えぇ、少しなら。英語の方が良いですが)」
「ということは、アメリカ人でいらっしゃる?」
「イギリス人です」と、私は嘘をついた。「旅行です。休暇でね」
「おお、そうでしょう。私どもとご同行いただけません
でしょうか?」
私は、仔牛のツナソースの食事を終えていないと身振りで伝えた。「まったく
困りますねぇ」
「申し訳ありません。しかし、ここは譲るわけにはいかないのです」
「私は逮捕されるのですか」
彼は微笑んだ。「いやいや、そうではありません。どうぞ
お支払いについてはご心配なさらずに。私の方からレストランに説明しておきますので」
振る舞いは優雅ながらも断固として目的を譲ろうとしない彼に、私はワイングラスを下し、居合わせた食事客(間違いなく興味津々だった)を避けて進み出た。
「そう遠くはありませんから」
砕けた調子、そして手錠はかけられなかったことに安心はしたものの、トレーヴィ・カンポ・マルツィオ警察署が近づく中で、私がまったく不安を感じなかったと言えば嘘になる。私たちは通用口から警察署に入り、裏階段を通って明るい照明の細長く壁の薄い部屋に通されたが、壁の一面は明らかにマジックミラーとわかる大きな鏡で占められていた。
「私は札付きというわけですかね?」 私は作り笑いを浮かべた。「Ah, sì. (あー、まぁ)。I soliti sospetti – assolutamente!(札付きのワルです、まったくのところ)」 刑事はそうジョークで返すと、床に書かれた番号を指した。「9番のところに立ってください」

フェラーリのラインナップの中でもトップクラスのパフォーマンスを誇るフロントミッドV8モデル、ローマの無名戦士の墓の前で。写真: Alex Bernstein
フェラーリのラインナップの中でもトップクラスのパフォーマンスを誇るフロントミッドV8モデル、ローマの無名戦士の墓の前で。写真: Alex Bernstein

そろそろ私の神経も少し苛立っていた。逮捕された経験もなければ、外国で一人きりの私には、この事態に異議を唱える方法も、異議を唱えるべきかもまったくわからなかった。イタリア人は令状が必要だったのか?彼らはあなたの権利を告知したのか?私にも何らかの権利があるのか?もちろん私にも弁護士はついているが、今は遠く離れた時差のある場所に居る。

ドアが開き、9人のほかの男達がどやどやと入って来てそれぞれ割り当てられた番号の上に立った。マジックミラー越しに互いの姿を見分していると、ブーンという大きな音がしてマイクの音声が入った。
説明はイタリア語だったので、私は居並ぶ私と同じ被告人たちに倣った。
「Gira a sinistra ... e a destra ... mani nelle tasche ... chiudi gli occhi ...(左を向いて...次に右を...手をポケットに...目をつぶって)」
私の心は沈んだ。
「Numero nove ... passo in avanti ... scusi ... 9番、前へ、どうぞ ... 回って ... 次は左に ... 上着を脱いで ... 後ろに下がって ... OK、ありがとうございました」
マイクのスイッチが切れ、私は部屋を見回して何とか抜け出せないかと算段したが、 まったくなかった。
扉が開き、私たちは揃って部屋を出た。
「Signore」刑事が私の肘に手を掛けながら言った。「どうぞ私と一緒に来てください」
彼は、迷路のような廊下を通って、大勢の制服を着た警官が忙しく立ち働く部屋に私を案内した。
「Now we take le impronte digitali – scusi(すみませんが指紋を取らせていただきます)」
「ちょっと待って!私が犯人と特定されたのですか?」
「えぇ、そうです。」
反論しようと考え付く間もなく、刑事は私をテーブルに案内して指にインクを付けさせると、指紋票の押捺欄の部分に指を回転させるように押し付けた。
作業が終わると、彼はアルコールに浸したティッシュをよこした。「Grazie, signore(ありがとうございまし) – もうお帰りいただいて結構です。」
私は耳を疑った。「Posso partire(帰れるの)?」 彼は笑った。「当然です!」
「私は犯人と特定されなかったのですか?」
「もちろんです。その管理人は守護聖人の名にかけて宣誓しました。
彼があなたを検分しました。しかし彼は年を取っている。酒は飲んでいるし、 混乱もしていた。混乱のあまり、無実のイギリス人旅行者を告発し、私は面通しのための容疑者をランダムに選んだ。」
私は指紋票を指差した。
「あぁ、そうでしたね。」彼は用紙のクリップを外すとそれを私によこした。「お土産に。」
「良いんですか?」
「ダ フォルトゥナータまでお送りしましょう。ワインの一杯でもごちそうさせてください。」 それから彼は声を落としてこう言った。「告発したのはイワンです」

 

作者について

ベン・ショットはロンドン生まれの46歳で、ケンブリッジ大学を卒業しており、作家、デザイナー、クリエイティブコンサルタントとして活動しています。ベストセラーとなった『Schott’s Original Miscellany』(雑記)、『Schott’s Almanacシリーズ』(年鑑)を始め、12冊の著書は、点字を含む21カ国語に翻訳され、総売上部数が約250万部におよびます。処女作『Jeeves & The King of Clubs』は、P. G. ウッドハウスを讃えたもので、 続編の『Jeeves & The Leap of Faith』がこの秋に出版される予定です。彼は、The New York Times, Inc.、Playboy、Vanity Fairなど、さまざまな形で出版業界に貢献しています。その他の活動についてはbenschott.comをご覧ください

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