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完璧が求められる存在

完璧が求められる存在

50年前、Ferrari 212 Eは、出場したすべてのヨーロッパ・ヒルクライム選手権で勝利を獲得しました

クリス・リース

完璧さは、神話や伝説などのおとぎ話の世界にとって必要な要素です。しかし、現実の世界では、どんな仕事であっても100%成功することなど、まずありえません。まして競争がきわめて激しいモータースポーツの世界ならなおさらです。にもかかわらず、フェラーリはそんな不可能とも思えることを50年前に成し遂げています。私たちはフェラーリがさまざまな種類のモータースポーツで素晴らしい活躍を見せていた時代のことを今も話題にします。F1およびF2、 Can-Am(カンナム)、 タスマンカップ、 そしてスポーツカー世界選手権などです。

1969年、フェラーリは1台の車両を完成させ、新たなスタイルのモータースポーツ「ヨーロッパ・ヒルクライム選手権」に挑戦します。この競技は、厳しい峠道を駆け上がる中で最速タイムを競うというものですが、そうした過酷な舞台において、フェラーリはすでに実績を持っていました。1962年にはDino 166 Pがタイトルを獲得し、1965年には206 SPが勝利を収めていたのです。双方とも、ステアリングを握ったのはルドヴィーコ・スカルフィオッティでした。

他に類を見ない12気筒「ボクサー」エンジンと車両の軽量化により、Ferrari 212 E はヒルクライム・レーシングに完璧なモデルとなりました。
他に類を見ない12気筒「ボクサー」エンジンと車両の軽量化により、Ferrari 212 E はヒルクライム・レーシングに完璧なモデルとなりました。

そうした中、フェラーリは1969年に、ヒルクライム用の専用マシンを新たに開発しました。212 Eがそれです。ヨーロッパの狭い峠道をできるだけ速いタイムで走り抜けるためには、軽さを追求することと同様、特に低回転域での力強い走りが求められます。そこでフェラーリが生み出したのは、他に類を見ない、排気量2.0リッターの12気筒「ボクサー」エンジンでした。512 Formula 1のパワーユニットをベースにしたエンジンです。

最高出力290 cv/11,500 rpmを発生するとともに、5速のギアボックスが組み合わされたこのエンジンは、きわめて印象的なパフォーマンスを披露し、250 km/hの最高速度を実現させました。軽量化にはチューブラー・シャシーが貢献。このシャシーに対してはプラスチック製のボディが取り付けられました。スタートラインに着いた時点の車重は、わずか500 kgです。この重量に関しては、車両のどの位置にどれだけの重量を割り振るのかという点がもうひとつの大きな課題でした。そこでフェラーリは、リヤブレーキをホイールから十分離れた内側部分に配置するなどの対策を取りました。

ピーター・シェッティ - ここでは、オロン-ヴィラール戦にて - は、1969年に参戦したすべてのラウンドで栄冠に輝いています。
ピーター・シェッティ - ここでは、オロン-ヴィラール戦にて - は、1969年に参戦したすべてのラウンドで栄冠に輝いています。

スイス人ドライバーのピーター・シェッティは、最初に行われた2つのノンタイトル戦でこのFerrari 212 Eを駆り、見事に勝利を収めています。するとシェッティは、この上なく激しい勢いでヨーロッパ・ヒルクライム選手権を席巻します。1969年の選手権では、 モンセニー、ロスフェルト、モン・ヴァントゥ、トレント-ボンドーネ、チェザーナ-セストリエーレ、フリブルク、オロン-ヴィラールといった具合に、参戦したすべてのラウンドでFerrari 212 Eが栄冠に輝いています。

それだけではありません。この車両は、すべてのラウンドでコースレコードの更新も成し遂げたのです(1ラウンドだけ例外がありますが、それはコースがウェット状態であったためです)。どこから見ても信じられない記録です。212 Eが1969年のヨーロッパ・ヒルクライム選手権を容易に制したとしても、それほど不思議なことではありません。自身の成功により、1970年のスポーツカー世界選手権でFerrari 512 Sを駆るよう声が掛かったシェッティは、その後、スクーデリア・フェラーリのレース・ディレクターに就任しました。

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